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最高裁判所第一小法廷 昭和28年(あ)3015号 判決 1958年3月27日

被告人 岡本トシコ

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人松岡良俊の上告趣意第一点は、原判決は大審院判例に違反する違法があると主張するが、所論引用の判例は本件に適切でないから、その前提を欠き刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(児童福祉法三四条六号は、何人も、児童すなわち満一八歳に満たない者に淫行をさせる行為をしてはならない、との禁止規定を設け、同六〇条一項は、右禁止規定に違反した者に対する罰則を定めている。そして、同条三項は、「児童を使用する者は、児童の年齢を知らないことを理由として、前二項の規定による処罰を免れることができない。但し、過失のないときは、この限りでない」と定めている、これらの規定を対照し総合して理論的に考えると、児童を使用する者の本件犯罪について、前記六〇条三項本文は、児童の年齢を知らないことは、刑訴三三五条二項にいう「法律上犯罪の成立を妨げる理由……となる事実」とならない旨を定めると共に、前記六〇条三項但書は、児童の年齢を知らないことにつき過失がないことは、右犯罪成立阻却事由となる旨を定めたものと解するを相当とする、それゆえ、これと趣旨を同じくする原判決は結局正当である。)

同第二点は、違憲をいうが、その実質は、単なる量刑不当の主張であつて、適法な上告理由に当らない。

よつて刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

弁護人松岡良俊の上告趣意

第一点大審院判例に違背する違法

第一審判決は被告人が満十八歳に満たないA子及B子をして夫々売淫させて淫行させた事実を判示するに当つて被告人はA子又はB子が満十八歳に満たないものであることを知つていたかどうかを判示せず又法令を適用するに当つても単に児童福祉法第三十四条第一項第六号第六十条第一項を適用しただけで同法第六十条第三項を適用していない。

原審弁護人は児童福祉法第六十条第一項は故意犯の規定であり、児童の使用者が児童の年令を知らなかつた場合は同条第三項の規定によつて初めて過失犯をも処罰する趣旨であるとの見解の下に、右第一審判決が、被告人においてA子及B子が児童であることを知つていたかどうか知らないとすれば過失に基くものであるかどうかを明確に区別して判示せず且児童福祉法第六十条第三項を適用しなかつたのは事実誤認か、法令遺脱か、理由不備か理由くいちがいの違法があることを主張した。之に対して原審判決は児童福祉法第六十条第一項は児童を使用する者が児童に淫行をさせる行為をしたという客観的事実が存在する以上その主観的認識の如何にかかわらず処罰を免れ得ないものであることが明らかであるとして右主張を排斥した。

然し乍ら従来の大審院判例(大審大正五年刑九七七頁、大審大正五年刑一五七七頁、大審大正七年刑第五九五頁、大審大正九年刑三二九頁、以上は判決例調査所発行判決総覧続、刑法九六頁及九七頁所載の諸判例)によれば刑法第三十八条第一項は同法第八条により刑法犯には勿論特別法犯にも適用さるべきものであるから特別法犯に於いて故意を要しない旨の一般的明文が存するか若しくは各犯罪に対する規定中に其の趣旨を確認し得べきものがない限り犯罪の成立には故意を必要とするものである。

児童に淫行を為せる行為をした者の刑罰責任について児童福祉法が規定する諸規定を観るに

同法第三十四条第一項第六号は

何人も児童に淫行をさせる行為をしてはならない。

同法第六十条第一項は

第三十四条第一項第六号の規定に違反した者はこれを十年以下の懲役又は二千円以上三万円以下の罰金に処する。

同法第六十条第三項は

児童を使用する者は児童の年令を知らないことを理由として前二項の規定による処罰を免るることができない。但し過失のないときはこの限りでない。

と夫々規定していて其の他には規定はない。

従つて児童の年齢について過失により認識がない場合には前記児童福祉法第六十条第三項の規定が存在するから故意は不必要であるがその他の場合は故意を必要としない趣旨の規定がないから故意を必要とするものである。換言すれば、淫行をさせる行為をするとの認識は絶対に必要であると解すべきである。

故に児童福祉法第六十条第一項は刑法第三十八条第一項本文により故意犯の規定であり児童福祉法第六十条第三項は刑法第三十八条第一項但書による過失犯の規定であると解釈すべきものと思料する。

然るに原審判決は児童福祉法第六十条第一項は行為者の主観的認識如何にかかわらず児童に淫行をさせる行為をした客観的事実がある以上は之を処罰する法意であるとの見解を判示し該見解の下に前記第一審判決の確定した通りの事実を踏襲判示して児童福祉法第六十条第一項のみを適用して同法第三項を適用していないのは大審院の前記諸判例に違背する判決である。

第二点著しく正義に反する量刑不当

原審は被告人に対し懲役四月の実刑を料しているが右は著しく正義に反する量刑不当の違法がある。

此の点に関しては原審弁護人であつた本弁護人の控訴趣意書に詳細に記載してあるからその記載をその儘茲に援用する。

之を約言すれば、児童であるA子及B子はその家庭が困窮していた余りその親と相談の上被告人に対し年齢を偽つて雇傭方を申込んだのに対し被告人としてはその居住地方面では未だ体刑等に処せられた事例もなかつたので軽卒ではあつたが格別の他意なく之を雇傭したがB子については間もなく児童であることが判かつたのでその後は淫行をさせなかつた程である。而して被告人は前科もなく婦女子である斯る者に対して事前に何等指導、戒告もせず突如として実刑を科することは憲法第二七条第一項、同法第二五条第一項、刑法第二五条等の法意を看過した不審な判決であり著しく正義に反するものと思料する。

仍て原判決を破棄して相当の御裁判をお願いする。

別紙(第一審の児童福祉法違反被告事件の判決)

○主文および理由

主文

被告人を懲役六月に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

被告人は唐津市栄町で料亭業を営んでいる者であるが従業婦として雇入れた十八歳に満たない児童であるところの

第一、A子(昭和十年七月六日生)をして昭和二十六年十二月七日頃より昭和二十七年八月二十一日頃迄の間被告人方客室内で氏名不詳の男多数人と二百回位に亘り売淫させて淫行させ

第二、B子(昭和十一年十一月二十七日生)をして昭和二十七年五月十三日頃より同年六月二日頃迄の間被告人方客室内で氏名不詳の男八名位と八回位に亘り売淫させて淫行させたものである。

右の事実は

一、被告人の当公廷での供述

二、証人B子、同木下情一(同人の供述中B子を雇つたのは自分であつて被告人ではないとの部分を除く)同高崎清の当公廷での各供述

三、A子、B子の各戸籍抄本の記載

四、A子、B子に対する各司法巡査第一回供述調書抄本の記載

五、A子、B子の各水揚一覧表の記載

六、被告人岡本トシ子に対する司法警察員供述調書及び検察事務官供述調書の各記載

を綜合して之を認める。

法律を適用すると被告人の判示所為は孰れも児童福祉法第三十四条第一項第六号、第六十条第一項、罰金等臨時措置法第二条に該当するところ夫々所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条、第十条を適用し犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を主文掲記の懲役に量定処断し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項に則り被告人をして全部負担させるものとする。

そこで主文の通り判決をする。

(昭和二十七年十二月一日 佐賀家庭裁判所唐津支部 裁判官 中西孝)

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